し‐あわせ 【仕合せ】 ‥アハセ

①めぐりあわせ。機会。天運。仮名草子、伊曽保物語「こは―わろきことかな」。「ありがたき―」

②なりゆき。始末。好色一代男(4)「その科のがれず、つひには捕へられて、この―」

③(「幸せ」とも書く)幸福。好運。さいわい。また、運が向くこと。狂言、末広がり「―というて、身についた―ではおりない」。「―な気分」「末永くお―に」

〔『広辞苑 第七版』〕

今回は「しあわせ」について味わいます。

めぐりあわせを、居場所に変えて

都道府県の幸福度ランキングは、直接アンケートを採って「個人の実感(主観)」を聞くか、所得や犯罪率などの統計データをもとに「生活基盤の安定度(客観)」を測るかで、結果が違うことが知られています。客観的指標が高いことが、そのまま主観としての幸福の高さにならないのです。それは「慣れ」と「比較」があるからだと言われます。人は整えばそれを「当然」と感じるようになります。また他人と比べると、どうしても「多い」「少ない」が出てきます。私たちは自分の手に入れた「しあわせ」を、ありのままに感じることはできないのではないでしょうか。

歌手の小泉今日子さんは、「歌手になりたいという強い夢があったわけではないが、なってみたら、『あ、わたしはこれがやりたかったんだ』と気づいた」と語ったそうです。本来の「仕合せ」とは巡り合わせ、ご縁のなかに、自分の居場所に合うことなのかもしれません。

浄土真宗のことば1:あんらく 安楽

梵語(ぼん ご)スカーヴァティー(Sukhāvatī)の意訳。阿弥陀仏(あ み だ ぶつ)浄土(じよう ど)のこと。

浄土真宗のことば2:ごねん 護念

念じまもること。『大経(だい きよう)』には「無量(む りよう)諸仏(しよ ぶつ)、ことごとくともに護念(ご ねん)したまふ」、『小経(しよう きよう)六方段(ろう ぽう だん)にはそれぞれ「なんぢら衆生(しゆ じよう)、まさにこの不可思議(ふ か し ぎ)功徳(く どく)称讃(しよう さん)したまふ一切諸仏(いつ さい しよ ぶつ)護念(ご ねん)せらるる(きよう)(しん)ずべし」と説かれている。また、親鸞(しん らん)は「信巻(しん かん)」に現生十種(げん しよう じつ しゆ)(やく)を明かすなか、「諸仏護念の益」を挙げている。

〔『浄土真宗辞典』本願寺出版社〕

流転のなかの安住 ―蓮如上人と『御文章』の心―

スカーヴァティー(Sukhāvatī)は「幸福に満ちた場所」と意味のサンスクリット語です。中国では「安楽」「極楽(ごく らく)」と意訳されました。阿弥陀仏の浄土とは「真実の仕合せ(楽)のあるところ」なのです。

御文章(ご ぶん しよう)』は本願寺(ほん がん じ)8代宗主(しゆう しゆ)蓮如上人(れん によ しよう にん)の書かれたお手紙をまとめた聖教(しよう ぎよう)です。上人は、応永22年(1418)に東山大谷(ひがし やま おお たに)でお生まれになりました。そのころの本願寺は訪れる人もほとんどなく、寂び寂びとした状況であったと伝えられています。ところが、上人49歳のころ宗主を継がれると、親鸞聖人(しん らん しよう にん)の教えを中心にご教化をはじめられ、多くの人が参拝されるようになりました。

そのころの日本は、室町幕府の権力が形骸化しはじめ、各地では飢饉が続き、大きな混乱が始まりつつありました。そしてついに、応仁元年(1467)に「応仁の乱」が始まります。

その2年前、参拝者が増えつつあった東山大谷本願寺(おお たに ほん がん じ)は、比叡山の僧侶たちにより破却されました。その後、蓮如上人は各地を転々とされるようになります。その間も上人は、親鸞聖人の伝えてくださったお言葉をとおして、「聖人と同じように、お念仏(ねん ぶつ)(とな)えつつ、浄土に往生(おう じよう)させていただくのだ」と、多くの人々に説き続けていかれます。いま、ここに「南無阿弥陀仏(な も あ み だ ぶつ)」の()び声となって護り導き続けてくださっている——そのよろこびを伝えていかれたからこそ、自ずと多くの人が集うようになったのです。すると、またその地を追われて、他の土地へ移っていかれます。そこで、残していかれた方々にお手紙をとおして、教え伝えていかれるようになりました。そうして各地に残された上人のお手紙をまとめた聖典(せい てん)が『御文章』です。

比べる幸福から、仏の願いに護り導かれる「仕合せ」へ

蓮如上人は居場所を追われながらも、阿弥陀仏がはたらき続けてくださっている場こそが、「真実の仕合せ」をいただく場であるとよろこばれました。「阿弥陀仏の願いは、『南無阿弥陀仏』の喚び声となってくださっている」とお聞かせいただくなかに、私がどんな状況であったとしても、「いま」「ここ」が安心できる居場所と転ぜられていきます。「しあわせ」を求めながらも、迷い苦しんでいた道が、阿弥陀仏のはたらきに「合う」場であったといただくことが、浄土真宗の「仕合せ」なのです。

今回のまとめ

●「しあわせ」、とはご縁に「仕合せ」ていただくこと

●願いに合わせていただき、「いま」「ここ」が「仕合せ」な居場所となる

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