さん‐がい 【三界】

①〔仏〕一切衆生(しゆ じよう)輪廻(りん ね)している3種の世界、すなわち欲界・色界(しき かい)・無色界。衆生が活動する全世界を指す。狂言、吃り「あの男は―を家として」。「子は―の首かせ」

② (→)三世に同じ。

③(接尾辞的に)

㋐場所の名に添えて、遠く離れている意を表す。くんだり。浄瑠璃、国性爺合戦「いつの便宜に唐―」

㋑時間を示す語に添えて、それが長い間である気持を表す。浮世風呂(4)「茶は土瓶で拵へりや一日―余る」

三界に家無し さんがいにいえなし

どこにも安住すべき家がない意。「女は―」

〔広辞苑 第七版〕

「三界」―不安の上に成り立つ不安定な世界

今回は、「三界」という言葉をとおして、真実の「宝」について味わいます。

金の乱高下やレアアースの奪い合い、その裏側にある採掘の健康被害 。誰かの「安心」が誰かの「不安」の上に成り立つこの世界を、仏教では「三界」と呼びます 。私たちは物質的な安定による精神的な安心を求めますが、それは常に書き換えられる不安定なデータのようなものです 。

そうしたデータに振り回されながら「輪廻(まわりめぐり)」し、苦しみや悲しみをくり返します。三界には真実の「安心」はありません。

浄土真宗のことば1 さんきえ 三帰依

略して三帰ともいう。帰依仏・帰依法・帰依僧の三。仏・法・僧の三宝に帰依すること。この三帰依は仏教徒としての必須条件である。

浄土真宗のことば2 さんぼう 三宝

梵語トゥリ・ラトナ(tri-ratna)の意訳。仏教徒として帰依し供養すべき三つの宝。すなわち仏(さとりを開いた人)・法(その教え)・僧(その教えをうけてさとりをめざす集団)のこと。

浄土真宗のことば3 ぶつ 仏

梵語ブッダ(buddha)の音訳。仏陀・浮図・浮屠とも音訳し、覚・覚者と意訳する。目覚めたもの・真理をさとったもの。自らのさとりも、他をさとらしめるはたらきも完全に窮まり満ちたもののこと。もとは釈尊を指す語であったが、後に阿弥陀仏など多くの仏に用いられる。如来の十号の一。また日本では「ほとけ」ともいう。

浄土真宗のことば4 ほう 法

梵語ダルマ(dharma)の意訳。達磨などと音訳する。古来、それ自体の本性を保持して(任持自性)、認識や行為の軌範となる(軌生物解)という二義で解釈され、存在しているもの・事物、意識の対象・教説、真理、善、善行など種々の意味で用いられている。

浄土真宗のことば5 そう 僧

僧伽の略。初期の仏教では比丘や比丘尼の集団を意味したが、中国や日本では修行者個人、あるいは仏教に帰依して教えを伝える人を指すようになった。なお、本願寺派では僧侶について宗法などに規定がある。

〔『浄土真宗辞典』本願寺出版社〕

親鸞聖人が見出した「真実のよろこび」と三帰依

この迷いの連鎖を断ち切るために、仏教徒が帰依するのが「三宝(仏・法・僧)」です 。仏は「ビジョン」、法は「メソッド」、僧は「コミュニティ」のようなものです。

親鸞聖人は、阿弥陀仏の「すべてのものを浄土に生まれさせ、さとりの身と成らせていく」との願い、誓い(ビジョン)を、自身の依りどころとし、恵信尼さまとの在家の生活、家庭生活をされ、生涯を送られました。その90年のなかには、社会情勢の混乱に巻き込まれ、経済的に苦しい時期もありました。その三界での苦悩を連鎖を断ち切る「お念仏(ねん ぶつ)」の教え(メソッド)を共によろこぶ「御同朋(おん どう ぼう)(コミュニティ)」をまもるために、息子との縁を切るというできごともありました。私たちと同じように三界を輪廻しながらも、仏に帰依し、その教え依りどころとし、教えをよろこぶ僧伽を敬う生活をされたのです。

「三宝」に帰依し、お念仏を称えつつ「真実のよろこび」の中に生き抜かれた親鸞聖人のお姿に、多くの人々が「安心」を得ていきました。その「安心」の大きな輪のなかに、いま私も抱きとられています。

今回のまとめ

●阿弥陀仏の願いは、三界の苦悩を断ち切る「宝」

●輪廻を超えて、お念仏の「安心」の輪のなかを生きる

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