すき―ま【隙間・透き間】
①物と物との間の少しあいている所。すき。あい。源氏物語(空蟬)「几帳の―」。「戸の―」
②あいている時間。ひま。てすき。いとま。夜の寝覚(4)「さばかり―なかりしをりをり」
③乗ずべき機会。油断。てぬかり。源氏物語(東屋)「すべていとまたく―なき心もあり」
〔『広辞苑第七版』〕
今月は「間」と阿弥陀仏の「縁」について味わいます。
「隙間」だらけの人生
親鸞聖人が、9歳から29歳まで修行された比叡山は、最澄によって日本における大乗仏教の中心地となりました。延暦25(806)年、最澄は若い頃から住んでいた比叡山に、唐から持ち帰った経典をもとにした修行道場を整えはじめました。そのひとつが、大乗仏教の戒律により出家者に受戒を与える「大乗戒壇」を設けることでした。なかなか朝廷からの許しが下りませんでしたが、高弟・光定らの奔走により、ついに弘仁13(822)年、正式に認められました。最澄の入滅から7日後でした。最澄は、自分の悲願が叶えられたことを、知らないままこの世を去りました。
私たちの境界には「間に合わなかった」ことが起こります。その「隙間」に、欲やいかりといった「煩悩」が吹き込み、「むなしさ」となっていきます。しかし、最澄の生涯はただ「むなしい」だけだったのでしょうか。
浄土真宗のことば:さんえん 三縁
⑴「定善義」に述べられている、阿弥陀仏と阿弥陀仏によって救われる衆生との3種の関係のこと。①親縁。衆生が口業で仏名を称え、身業で仏を礼拝し、意業で仏を念じる時、これらを仏は聞き、見て、知り、衆生と仏とは互いに憶念しあうという密接不離の関係にあること。②近縁。衆生が仏を見たいと願えば目前にあらわれるという関係にあること。③増上縁。衆生が名号を称えると、多劫の罪が除かれ、命終わる時には仏や聖衆の来迎を受けて、往生することができるという関係にあること。⑵『論註』に述べられている3種の慈悲のこと。①衆生縁。衆生の実体があるとみて衆生に対して生じる世俗的な慈悲で小悲ともいう。②法縁。衆生の実体はないが、個体を構成する五蘊の法体は実有であるとする小乗の聖者のおこす慈悲で中悲ともいう。③無縁。差別の見解を離れた平等絶対の慈悲で初地以上の菩薩や仏のおこす大悲をいう。
〔『浄土真宗辞典』本願寺出版社〕
「南無阿弥陀仏」という、断え間のない縁
このなかの「増上縁」は、どんな「煩悩」の隙間があっても、むなしく終わらせないとはたらきつづけてくださるご縁です。そして、親鸞聖人は、「不断光仏」ともいわれる阿弥陀仏の断える間のないはたらきこそ、「増上縁」であるとお示しくださいます。「南無阿弥陀仏」とお念仏を称え、阿弥陀仏の大きな慈悲が、私たちを教え導きくださっているご縁となって至り届いてくださっていることをよろこばれたのです。
親鸞聖人は比叡山での修行により、自分の心に欲やいかりといった「煩悩」の隙間が起こることをなくすことができませんでした。しかし、同じく比叡山で修行をされながらも、山を下りてお念仏の教えを説かれた法然聖人と出遇い、ひまなくはたらき続ける阿弥陀仏の大慈悲を聞いていかれたのです。
隙間があるから、光が入る
最澄は「我がために仏を作すことなかれ。我がために経を写すことなかれ。我が志を述べよ」と遺言したといわれています。最澄が比叡山を大乗仏教の中心としていきたいとの願いは、多くの弟子たちに引き継がれました。そして、法然聖人をとおして、親鸞聖人に引き継がれていったのではないでしょうか。
私はこの言葉をとおして、「仏教とは、教えに込められている仏の願い、はたらきに私たちが出遇わせていただくための教えなのですよ」とお聞かせいただきます。
私の側にはつねに「隙間」が起こり続けます。間に合わないこともたくさんあります。しかし、お念仏を称えつつ「どんな隙間があろうとも、むなしく終わらせることはないぞ」と絶え間なくはたらき続けてくださる願いをお聞かせいただきます。
隙間があるからこそ、そこには光が入ってきます。私の隙間に、阿弥陀仏の不断光は差し込んでくださっています。お念仏を称え歩む人生は、どんな結果になろうともむなしく終わることない人生なのです。
今回のまとめ
●私の「隙間」には、「不断光仏」が差し込んでくださる。
●阿弥陀仏のご縁は、私の境界を「むなしく終わらせない」とはたらきつづける「増上縁」。