せ―と 【瀬戸】
(「狭門」の意)
①幅の狭い海峡。潮汐の干満によって激しい潮流を生ずる。万葉集(12)「室の浦の―の崎なる鳴島なきしまの」
②(→)「せとぎわ」②の略。「生死の―に立つ」
狭き門
キリスト教で、天国に至る道のけわしさのたとえ(新約聖書マタイ伝7章・ルカ伝13章による)。転じて、競争が激しくて入学・就職などのむずかしいことにもいう
(『広辞苑 第七版』)
今回は「狭い」と「広い」について味わいます。
選ばれた人しか通れない「難所」
瀬戸内海は古くから大陸と都を結ぶ大動脈です。山陽道や南海道といった陸上交通路が整備された後も、中国や朝鮮の使節は瀬戸内航路を使った記録も残っています。途中にもさまざまな港が整備され、潮待ちのために栄えていたそうです。
しかし、700以上の島があるため、潮の流れが早く複雑な地域が多く、さまざまな勢力が細かく支配権をもっていました。「瀬戸内海」とひとくくりにされるようになったのは、近世になったころともいわれます。そのため、潮の流れだけでなく、地域の事情もよく理解した「水先案内人」がいなければ、航行が難しかったようです。「狭い」場所は、選ばれた者しか通ることができないのかもしれません。いくら素晴らしい場所であったとしても、至ることができない者がいる場所は「難所」なのです。
浄土真宗のことば:なんいにどう 難易二道
難行道と易行道のこと。浄土教における教判の一。龍樹は「易行品」において不退の位に至る方法について、難行と易行の2種の道があることを示した。「易行品」には「仏法に無量の門あり。世間の道に難あり、易あり。陸道の歩行はすなはち苦しく、水道の乗船はすなはち楽しきがごとし。菩薩の道もまたかくのごとし。あるいは勤行精進のものあり、あるいは信方便易行をもつて疾く阿惟越致に至るものあり」とある。難行とは勤行精進のことで、さまざまな修行を長い間重ねて不退に至ることをいう。易行とは、信方便易行のことで、阿弥陀仏をはじめとする諸仏の名を称えることによって不退に至ることをいうが、「易行品」には阿弥陀仏について、特にその本願や利益が詳説されていることから、龍樹の本意は阿弥陀仏の易行を説くことになったといえる。これをうけて曇鸞は『論註』に、難行道の難たる理由について「ただこれ自力にして他力の持つなし」と述べ、他力によらないからであるといい、易行道については「ただ信仏の因縁をもつて浄土に生ぜんと願ず。仏願力に乗じてすなはちかの清浄の土に往生を得しむ。仏力住持してすなはち大乗正定の聚に入る」と述べ、信仏の因縁によって往生することとしている。これを考えあわせると、難行道は自力の法門、易行道は他力の法門(乗仏願力・仏力住持)ということになり、曇鸞が難行道・易行道の内実を自力・他力という言葉であらわそうとしたことが知られる。また道綽は、難行道・易行道を聖道・浄土の名目(聖浄二門)で示している。龍樹の難易二道説は、教相それ自体をただちに判釈したものではないが、浄土教理解の基本的な枠組みを示すものとして重要な意義を有している。
(『浄土真宗辞典』本願寺出版社)
阿弥陀仏は「大船師」
仏や菩薩は、私たちを育て導いてくださるので、「善知識」といわれます。親鸞聖人は「善知識」を、生老病死の苦しみの海を渡してくださる「大船師」であるともお示しくださっています。どんな人も選ぶことなく、大きな船に乗せて渡してくださる「水先案内人」なのです。
素晴らしい場所であったとしても、自分で歩んでいくしかなければ、それは「難しい」「狭い」道です。しかし、お念仏の道は阿弥陀仏が「大船師」となって育て導き続けてくださる「易しい」「広い」道です。
私を決して見捨てない「大道」を歩む
万行諸善の小路より
本願一実の大道に
帰入しぬれば涅槃の
さとりはすなはちひらくなり
(『高僧和讃』曇鸞讃)
世間では、「狭き門」をくぐり抜けることが「充実」へつながるといわれます。しかし、その門をくぐれなかった者はどうなるのでしょう。阿弥陀仏の願いは、人を選ばず、見捨てることはありません。それは、門をくぐり抜けることのできない私のための広い門、「大道」なのです。
今回のまとめ
●阿弥陀仏は、生死の苦しみの海を渡す「大船師」。
●お念仏を称えつつ、阿弥陀仏が選ぶことなくはたらきつづけてくださる「大道」を歩む。