今回の言葉
影の形に随うが如し
[法句経(上)]二つのものが常に離れないことのたとえ、また、そむかず従順にすることのたとえ。影と添う。
(『広辞苑 第七版』)
かげ【影・陰・蔭・翳】
❶日・月・灯火などの光。
❷光によって、その物のほかにできる、その物の姿。
①水や鏡の面などにうつる物の形や色。
②物体が光をさえぎったため、光源と反対側にできる暗い部分。
③比喩的な用法。
㋐あるものに離れずつきまとうもの。
㋑やせ細ったもの。
㋒薄くぼんやり見えるもの。
㋓ほのかに現れた好ましくない影響・兆候。
❸物の姿。
①形。
②おもかげ。
③原物に似せて作ったもの。
❹物の後の、暗いまたは隠れた所。
①物にさえぎられ、またはおおわれた、背面・後方の場所。
②他の者をおおうように及ぶ、その恩恵・庇護。
③人目の届かない、隠れた所。
④人目に隠れた暗い面。かげり。
⑤正式のものに対して、略式に行う方。
❺二匁取りの下級女郎。二寸。
光と影
今回は「光」と「影」のはたらきについて味わいます。
立秋が過ぎたとはいえ、まだまだ日差しは厳しいです。光が強ければ、それだけ自分の影は濃くなっていきます。一方で、暑い日が続いているとはいえ、日が暮れるのはだんだんと早くなっていきます。日が傾きはじめると、自分の影が長くなります。光と影は別のものではありません。光があるから影ができます。影があるから光に気づくことができます。光と影は常に離れることはありません。
浄土真宗のことば 『浄土和讃』「現世利益和讃」
南無阿弥陀仏をとなふれば
観音・勢至はもろともに
恒沙塵数の菩薩と
かげのごとくに身にそへり
無礙光仏のひかりには
無数の阿弥陀ましまして
化仏おのおのことごとく
真実信心まもるなり
南無阿弥陀仏をとなふれば
十方無量の諸仏は
百重千重囲饒して
よろこびまもりたまふなり
(『浄土和讃』現世利益讃)
影は共に寄り添う
親鸞聖人はお念仏の利益とは、阿弥陀仏のはたらきが光となり、さまざまな仏・菩薩とともに常に私とご一緒してくださることだとお示しくださいます。
あるドラマでこんなシーンがありました。主人公の女性は幼いころから成績優秀で、海外の一流企業で活躍していました。しかし、周囲の偏見により会社内で孤立していき、ついに精神的に疲れ出社できなくなってしまいました。当時の交際相手は、なんとか立ち直らせようと手を差し伸べますが、彼女はそれが負担となり、故郷に引きこもってしまいます。故郷で幼馴染にそのことを話したところ、その幼馴染は一緒に泣いてくれました。その時、彼女は自分の現状を受け入れることができ、少しずつ前向きになっていったのです。
自分の影は、なにかにつまずき転んだ時、一緒に転びます。座り込んだ時は座り込み、寝込んだ時も一緒に寝込んでくれます。影は常に私と離れることはありません。それは光が常に私を照らし続けてくださっている証です。
「『南無阿弥陀仏』と称えるのは、阿弥陀仏がお念仏の声となって、私がどんな状態であっても、常に寄り添ってくださっていることを聞かせていただくことです」と親鸞聖人はお示しくださいます。私を常に想い続け、ともに歩んでくださるはたらきがあるのです。
お念仏の利益は、さまざまな仏・菩薩が阿弥陀仏とともに見護っていてくださっている身をいただくことです。
今回のまとめ
- 阿弥陀仏は「影の形」となり、私に寄り添っくださる。
- 浄土真宗の利益とは、阿弥陀仏がご一緒してくさる人生をいただくこと。