今回のことば

えびす―やまい 【夷病】

咳せきの出る病の俗称。明月記(貞永2年2月17日条)「近日咳病、世俗―と称す」

(『広辞苑』第七版)

親鸞聖人が目にした光景。都を襲う疫病「夷病」と、季節外れの雪

今回は苦しみ悲しみの境界を渡るただ一つの道について味わいます。

貞永2年は、西暦1233年にあたり、親鸞聖人は61歳でした。このころ聖人は関東から京都にお戻りになったと言われています。夷病とはインフルエンザのことではないかと推定されています。おそらく当時、都ではインフルエンザが流行し、たくさんの人が苦しんでいたことでしょう。

平安時代から鎌倉時代にかけては、自然災害や飢饉が続きました。特に、1230年ころから始まった、鎌倉時代最大規模の飢饉である「寛喜の大飢饉」では、「天下の人種三分の一失す」(『吾妻鏡』)と語られるほど、多くの餓死者が出たといわれます。飢饉の大きな原因は気候不順です。『吾妻鏡』には、寛喜2年6月9日(1230年7月20日)に、武蔵国(現在の埼玉県)に雪が降ったと記録されています。また、『明月記』にも、その日に京都でも雪が降ったとあります。同年8、9月には台風が京都を襲い、それだけでなく12月は蝉が鳴いたそうです。大地震も続いており、京都では鴨川がたびたび氾濫しました。

浄土真宗のことば:えしんにしょうそく 恵信尼消息

親鸞の妻である恵信尼自筆の文書。『恵信尼文書』ともいう。本願寺派本願寺蔵。建長8年(1256)の譲状2通と、弘長3年(1263)から文永5年(1268)までの6年間に書き送られた消息8通からなる。当時、越後国(現在の新潟県)で過ごしていた恵信尼が京都にいる末娘の覚信尼に書き送ったものである。

消息8通のうち、最初の4通は、親鸞の往生を知らせる覚信尼から手紙を受け取った際に、親鸞のことを懐かしく回想して書かれたものである。これらの消息のなかでとくに注目すべきものは、親鸞が比叡山で堂僧をつとめていたことや、法然との出会いに至るまでのことを示した記事である。また親鸞がかつて三部経の千回読誦を中止したことを回顧した記述や、法然が勢至菩薩の化身であり、親鸞が観音菩薩の化身であるという恵信尼の夢なども注意すべきである。他の4通には恵信尼の身辺のもようが記されている。譲状2通はいわゆる証文であり、8通の消息とは性質を異にする。

これらの消息は、親鸞の生涯、さらには親鸞と恵信尼、覚信尼と恵信尼の間柄を伝える最も貴重な資料の一つである。

(『浄土真宗辞典』本願寺出版社)

なぜ聖人は「三部経の読誦」を中止されたのか?

『恵信尼消息』には、親鸞聖人が三部経の千回読誦を中止したことを回顧されたのは、寛喜3年(1231)4月8日から11日までの間のできごとであると記されています。聖人は風邪をひき、高熱にうなされていらしゃったなか、佐貫というところで、地元の人々のために『浄土三部経』を千回読誦しようとしたが、始めてすぐに思いとどまったことを思い出されたのです。佐貫とは、建保2年(1214)に、聖人が越後国から関東に移られる途中で立ち寄られた場所で、武蔵国か上野国(現在の群馬県)だといわれます。その当時、関東は大変な干ばつに見舞われており、雨乞いの儀式を求められたのではという説もあります。自然災害に直面して苦しんでいる人びとを見て、聖人はなんとかしてあげたいと思い、読経をされたのでしょう。しかし、お念仏を称える以外に何の不足があるのかと、すぐに読経をやめられたのでした。

親鸞聖人が法然聖人からお聞きになられたみ教えは、どのような行をしても覚りを得ることのできない「凡夫」である私を、必ず浄土へ迎え取り、さとりの身へと成らせていくと誓い願いつづけてくださっている阿弥陀仏のはたらきを依りどころとする道です。親鸞聖人もそのことをよくよくお聞きになり、法然聖人と同じお念仏の道を歩まれることをよろこばれました。しかし、病いの中で、自分の行為が人びとを救っていくことができるのではないかと思う「自力のはからい」は抜きがたいものだと、深く省みられたのでしょう。

聖人を通して出遇う「お念仏の道」の確かさ。

この親鸞聖人の回顧は、「あなたの思いだけの行為は、本当に相手のことを思っているのですか」と私に問いかけます。人は問題に直面したとき、「なんとかしたい」「なんとかしてあげたい」と思うものです。しかし、聖人は「お念仏を称えることは、阿弥陀仏の大悲が弘く伝わり私を育て導きつづけてくださることをお聞かせいただくこと」だとお示しくださっています。阿弥陀仏の智慧と慈悲のはたらきにうながされていくお念仏の道を歩むことが、苦しみ悲しみの境界を渡るただ一つの道であると、親鸞聖人のご生涯が伝えてくださっています。

今回のまとめ

  • お念仏は、阿弥陀仏の智慧と慈悲を伝えてくださる。
  • 苦しみ悲しみのなかでも、阿弥陀仏の智慧と慈悲にうながされる「お念仏の道」を歩む。

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